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東京地方裁判所 昭和46年(タ)504号 判決 1973年11月30日

原告 米倉光子こと岩井光子(仮名)

被告 米倉秀男(仮名)

理由

第一当事者が求めた裁判

一 原告

主文と同旨の判決。

二 被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

第二当事者の主張

一 原告の請求原因

(一) 原告(昭和七年六月二三日生)と被告(昭和三年一一月三日生)は、昭和三二年七月二二日、東京都豊島区長に夫である被告の氏を称する婚姻の届出をし、両者の間に昭和三三年七月一三日、長男「晃」が出生した。

(二) ところで、被告は、昭和四五年一月九日、カリフォルニア州サンディエゴ郡上級裁判所に対し、原告との離婚を求める訴を提起し、同年一〇月九日、同裁判所において、「米倉秀男(本件被告)と米倉光子(本件原告)とを離婚する。」という趣旨の判決(以下「本件離婚判決」という。)を得、同判決はそのころ確定した。そして被告は、同年一〇月二二日、ロスアンジエルス日本国総領事に対し、本件離婚判決の謄本を提出して離婚の届出をした。

(三) しかしながら、本件離婚判決は、わが国の渉外離婚事件に関する裁判管轄分配の原則(最高裁判所昭和三九年三月二五日大法廷判決。最高裁判所民事判例集第一八巻第三号四八六頁参照。)に反してなされたものであり、且つ、その訴訟手続は、同事件の被告(本件の原告)に対する公示送達による呼出しにもとづいて開始されたものであるから、民事訴訟法第二〇〇条第一号および第二号所定の外国判決承認の要件を欠き、わが国においてはその効力を否定されるべきものである。よつて、原告は、本件離婚判決が日本において効力を有しないことの確認を求める。

二 被告の答弁

(一) 原告主張の請求原因(一)(二)は認める。

(二) 同(三)のうち、本件離婚判決に関する訴訟手続が、公示送達による呼出しにもとづいて開始されたことは認めるが、その余は争う。

三 被告の主張

(一) 被告は化学者(理学博士)で、昭和三九年四月、◎◎大学助教授となり、昭和四一年九月には○○工業大学助教援に就任し、同年一〇月在外研究員としてアメリカ合衆国の○○州立大学に留学し、昭和四二年七月、○○工業大学助教授の職を辞し、その後、昭和四四年四月ごろ△△大学に移り、同大学で一年半研究生活を続け、その後、イギリスに渡つて、昭和四八年五月一四日帰国した。ところで、原告と被告は性格が合わず、昭和三八年一月以降は、別居と同居を繰返す状態が続いていたが、昭和四一年四月ごろには、双方ともに相手方に対する愛情を失つてしまつた。そこで、被告は、四月、仙台家庭裁判所に対し、原告との離婚調停の申立をしたが、原告が離婚に反対したため、離婚の合意にまでは達しなかつたものの、同年九月一六日、同裁判所において、「被告と原告は、被告の洋行期間中別居する。被告は原告に対し、別居期間中の妻子の生活費として毎月末日限り金三三、〇〇〇円を送金して支払う。」という調停が成立した。その後も被告は再三原告に対し離婚の申し入れをしたが、原告は、被告との婚姻生活を旧に復する意思もないのに、被告に対する憎しみから、いたずらに妻の座に固執して、被告の右申し入れに応じなかつた。以上のように、原被告の間柄は、被告が離婚の訴を提起したころには完全に破綻し、単に戸籍に夫婦という形骸を残すだけの状態だつたのである。また、被告が被告の住所地で訴を提起した理由は、前記のように被告は渡米後日本における職を失い、帰国しても生計を維持するあてがなかつたため、原告らへの送金を続けつつ被告の生計を維持するためにも外国に留まらざるを得なかつたし、また、被告は渡米後、青木敏子と事実上の婚姻生活に入り、昭和四三年七月三日には、同女との間に「亜紀子」が出生したので、できるだけ速やかに原告との形骸と化した婚姻を解消する必要があつたことによる。

(二) 本件離婚判決の裁判管轄権について

(1) 外国判決は、その国の司法機関の判断であるから、これを最大限に尊重する必要があり、そうすることによつて、はじめて渉外的生活関係を円滑適正に規律することができるものというべきであるが、この見地から考えると、外国判決承認の要件としての裁判管轄権の有無は、判決国が採用する裁判管轄分配の原則にもとづいて判断すべきものである。ところで、カリフォルニア州における渉外離婚事件の裁判管轄分配の原則によれば、裁判管轄権は、夫婦の双方または一方の住所国にあるとされており、被告は、昭和四四年四月ころから約一年半、カリフォルニア州に居住して、○○大学に研究員として勤務していたのであるから、原告に対する離婚訴訟を提起した当時、カリフォルニア州内の裁判所が裁判管轄権を有していたことが明らかである。

(2) 仮に、右(1)の主張が理由のないものであるとしても、わが国の法令には渉外離婚事件の裁判管轄に関する定めがないから、その管轄基準は、条理に照らして定立すべきである。ところで、わが人事訴訟手続法は、離婚事件について職権探知主義を採用しており、その結果、この種事件については、訴訟手続上特に被告の便宜をはかる必要がないし、被告住所地国に赴いて訴を提起することを強いるのは原告にとつて苛酷な場合が少くないから、わが国においても、夫婦の双方または一方の住所地国に管轄権を認めるのが相当である。

(3) 以上(1)(2)の主張が理由のないものであるとしても、渉外離婚事件の裁判管轄権について、わが国の判例は、被告住所地国主義を原則としつつ、原告が被告に遺棄された場合、被告が行方不明である場合、その他これに準ずべき場合には、原告の住所地国にも裁判管轄権を認めている。そして、右判例にいう「その他これに準ずべき場合」というのは、本件のように夫婦間に別居の合意が成立し、婚姻関係が完全に破綻し、その他の諸般の事情に照らし、被告(本件の原告)住所地への訴の提起を原告(本件の被告)に強いることが相当ではない場合を含むものというべきであるから、右判例の立場からみても、原告(本件の被告)の住所地国の裁判所に裁判管轄権があつたものと認むべきである。

(三) 訴訟書類の送達について

民事訴訟法第二〇〇条第二号の趣旨は、要するに、被告とされた者が、防禦の機会を与えられないまま敗訴した場合に、その外国判決の効力を排除しようとするものである。ところで、原被告間の離婚の訴の訴状および召喚状は、裁判所の手続上は公示送達に付されたが、そのころ、被告の訴訟代理人は、裁判所の手続とは別に、原告に宛てて、訴状の写および召喚状の写を郵送し、そのころ原告はこれらの書類を受領した。したがつて、原告の防禦権は、裁判所の送達手続の如何にかかわらず、何ら害されていないものというべきであるから、本件離婚判決は、わが国においても承認されるべきである。

四 被告の主張に対する原告の認否

(一) 被告の主張(一)のうち、被告の経歴に関する主張部分、被告の帰国の日、昭和三八年一月以降原告と被告が別居していた期間があること、昭和四一年四月ごろ被告が仙台家庭裁判所に被告との離婚調停を申立て、同年九月一六日、被告主張の内容の調停が成立したこと、原告が離婚を拒否し続けていること、被告が、右調停成立後、月々調停で決められた額を送金していること、被告が渡米後青木敏子と同棲し、両者の間に「亜紀子」が出生したことは、いずれも認め、その余の事実は否認する。被告と青木敏子との関係は、昭和三九年一月ごろにはすでに生じていたもので、離婚調停申立も、青木との関係を正式な婚姻関係に改めるために行つたものとしか考えられない。また、被告が○○工業大学を退職したのは、被告と青木の関係が同大学の教授間で問題となり、被告が退職勧告を受けたためである。

(二) 同(二)の(1)のうち、滞米中の被告の住所地に関する主張部分は否認し、その余は争う、同(二)の(2)、(3)はいずれも争う。

(三) 同(三)のうち、被告主張の頃、被告の訴訟代理人から、主張のような書類が原告に郵送されてきたことは認めるが、その余は争う。原告宛に郵送されてきた訴状の写には、請求の趣旨も請求原因も全く記載されておらず、召喚状も単なる写に過ぎなかつたのであるから、このような書類を送付しただけでは、未だ訴訟の開始に必要な呼出または命令の送達があつたものということはできない。

第三証拠関係

一 原告

(一) 甲第一ないし第一〇号証、同第一一ないし第一三号証の各一、二。

(二) 証人奥田稔の証言および原告本人尋問の結果。

(三) 乙第一号証の成立は認める。同第二号証の成立は知らない。

二 被告

(一) 乙第一、二号証。

(二) 被告本人尋問の結果。

(三) 甲第五ないし第八号証の成立は知らない。その余の甲号各証の成立は認める。

理由

一  先ず、本件訴の適否について検討する。本件訴は、外国離婚判決が民事訴訟法第二〇〇条所定の外国判決承認の要件を欠いていることを理由に、右判決自体の無効確認を求めるものである。ところで、確認訴訟の対象は、現在の権利または法律関係の存否に限られるべきものであるから、判決が無効であることを訴訟上主張するに際しても、その判決自体が無効であることの確認を求めることは、一般には許されず、そのような場合には、その判決が無効であることを前提として、その結果として生ずる現在の権利または法律関係の存否の確認を求めるべきものと解せられる。しかし、本件訴は、形式上は外国判決の無効確認を求めるものであるが、その実質は、右判決がわが国においては効力を有しない結果、原被告間に現在夫婦関係が存在することの確認を求める趣旨であることは、原告の主張自体から明らかであるから、この訴の形式をあえて夫婦関係存在確認の訴に改めなくても、原被告間の紛争解決の目的は達し得ると考えられる。また、外国の確定判決については、内国確定判決のように再審の道が開かれていないことから考えても、外国判決自体の無効確認の訴を一概に不適法なものとすることはできない。結局、本件訴は、適法なものであると認めるべきである。

二  公文書であつていずれも真正に成立したと認められる甲第一ないし第四号証、同乙第一号証、原被告各本人尋問の結果および本件弁論の全趣旨を綜合していずれも真正に成立したと認められる甲第五ないし第一〇号証、同第一一ないし第一三号証の各一、二、証人米倉修の証言、原被告各本人尋問の結果および本件弁論の全趣旨を綜合すると次の事実が認められる。

(一)  原告(昭和七年六月二三日生)と被告(昭和三年一一月三日生)は、昭和三二年七月二二日、東京都豊島区長に被告の氏を称する婚姻の届出をし、東京都内で同居し、両者の間には昭和三三年七月一三日日、長男「晃」が出生した。

(二)  被告は化学を専攻する研究者で、原告と婚姻後、××女子大学の教官などをしながら、原告との婚姻生活を続けていたが、原被告の間柄は必ずしも円満でなく、昭和三八年中には、一時別居したこともあつた。昭和三九年四月被告は◎◎大学助教援に任命され、仙台市に赴任したが、原告は当時▲▲大学助手(原告は××女子大学化学科を卒業している。)をしていた関係もあつて、長男「晃」とともにそのまま東京都に留まつた。そして原告と被告とは約一年間別居した後、昭和四〇年四月から、仙台市において再び同居した。その後、被告は、昭和四一年九月、○○工業大学助教授に任命されて東京に帰任し、直ちに在外研究員としてアメリカ合衆国△△州立大学に留学することになつた。ところで、被告は昭和三九年一月ごろから、当時××女子大学の学生であつた青木敏子(昭和一七年三月五日生)と個人的な交際を続けていたが、被告の留学と時期を同じくして青木敏子も△△州立大学に留学することとなつた。これより先、被告は、昭和四一年四月ころ仙台家庭裁判所に対し、被告と原告との離婚を求める調停申立をした。この事件は、原告が離婚に応じなかつたため、離婚の合意には達しなかつたが、同年九月一六日、同裁判所で、「被告と原告は、被告の洋行期間中別居する。被告は原告に対し、別居期間中の妻子の生活費として毎月末日限り金三三、〇〇〇円を送金して支払う。」という調停が成立した。そして、同年一〇月、被告は、原告および長男「晃」を日本に残して渡米し、青木敏子もそのころ渡米し、渡米後間もなく、被告と青木敏子は△△州で同棲生活に入つた。このような被告と青木敏子との関係は、○○工業大学の教授間で問題となり、被告は、昭和四二年七月ごろ、同大学助教授を辞任した。その後も被告と青木敏子は△△州立大学に通いながら同棲生活を続け、昭和四三年七月三日には、二人の間に女児「亜紀子」が出生し、同年一〇月一八日、被告は同児を認知した。その後、被告は、昭和四四年四、五月ごろ、青木敏子らとともにカリフォルニア州に移住し、○○大学の研究員となつた。一方、

原告は、昭和四一年一〇月、「晃」とともに東京都に戻り、以後現在にいたるまで、厚生技官として○○に勤務し、被告からの前記調停調書にもとづく定額の送金を受けながら、生計を維持していた。被告の渡米後、原告は被告から再三離婚の申し入れを受けたが、原告はこれに応じなかつた。

(三)  被告は、カリフォルニア州に居住中の昭和四五年一月九日、カリフォルニア州サンディエゴ郡上級裁判所に対し、原告との離婚を求める訴を提起した。この訴訟手続は、原告に対する公示送達の方法によつて開始され、同年一〇月九日、同裁判所において、「米倉秀男(本件被告)と米倉光子(本件原告)とを離婚する。」という趣旨の判決がなされ、同判決はそのころ確定した。そして被告は、同年一〇月二二日、ロスアンジェルス日本国総領事に対し、右離婚判決を提出して離婚の届出をした。

(四)  その後、被告は、同年一一月ごろ、イギリスに渡り、青木敏子らとの生活を続け、昭和四八年五月一四日帰国し、現在、肩書地で青木敏子とともに暮している。原告としては、現在もなお、被告との婚姻関係を正常な状態に戻したいと考えているが、被告には原告との婚姻関係を復活させる意思は全くない。

以上のように認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

三  そこで、本件離婚判決の効力について検討する。

(一)  先ず、民事訴訟法第二〇〇条第一号の規定は、外国離婚判決にも適用ないし類推適用され、離婚判決が同条同号所定の外国判決承認の要件を欠くときは、右判決は日本においてその効力を否定されると解すべきである。そして、右民事訴訟法第二〇〇条第一号所定の裁判管轄権の有無は、右条項の文言および外国判決承認制度の趣旨から考えると、その判決を承認するかしないかを決定するわが国の法原則にもとづいて判断すべきものである。この点の判断を判決国の法原則にもとづいてなすべきであるという、被告の主張は理由がない。

(二)  ところで、わが国の法令には、渉外離婚事件の裁判管轄権の分配につき、明文の規定が設けられていない。しかし、この点については、原則として当該離婚事件の被告住所地国に裁判管轄権を認め、例外的に、原告が遺棄された場合、被告が行方不明である場合、その他これに準ずべき場合には、原告の住所地国にも管轄権を認めるという法原則(最高裁判所昭和三九年三月二五日大法廷判決。民集第一八巻第三号四八六項。)に則るべきものと解するのが相当である。無制限に原被告双方の住所地国に裁判管轄権を認めるべきであるとする、本件被告の主張はこれを採用することができない。

(三)  更に本件被告は、わが国の法原則からいつても、本件離婚訴訟については原告住所地国にも管轄権が認められる例外の場合に該当すると主張する。ところで、右の例外の場合とは、前示したような被告の遺棄や所在不明のほか、当事者間に事実上離婚の合意が成立したが、準拠法上協議離婚が認められていないため、裁判上の離婚によらざるを得ない場合、被告側に遺棄にも比すべき有責行為があり、その結果、婚姻が回復し難い程度に破綻してしまい、原告も離婚を希望するに至つた場合、原告側に被告の住所地国に訴を提起し得ない特別の事情が存在するような場合等が含まれるものと考えられる。

そこで、本件について考えるに、本件離婚訴訟提起当時被告(以下、原告、被告の呼称はいずれも本件無効確認訴訟の当事者を指す。)の住所がカリフォルニア州にあつたことは前認定のところから明らかであるけれども、前記二に認定した事実によつては、右判示のような例外的場合にあたる事情のあつたものと認めることはできない。むしろ、右認定の事実関係によれば、被告が原告に対し離婚の訴を提起した当時、原被告の間柄は回復困難な程度に破綻していたものであつて、破綻の遠因は被告と青木敏子との交際以前から存在していたにしても、原被告の間柄を決定的に破綻に導いたのは、被告が青木敏子との同棲生活に踏み切つたことにあつたものというべきである。このような事情のもとでは、前示法原則の例外の場合にあたるとして被告の当時の住所地国に離婚訴訟の裁判管轄権を認めることは到底できないものといわなければならない。その他、本件にあらわれたすべての資料を検討しても、被告の住所地国の裁判所に右の裁判管轄権を認めるのを相当とするような事情を発見することはできない。

四  そうすると、本件離婚判決をした、裁判所は、この訴訟について裁判管轄権を有しないものというべく、この判決は、民事訴訟法第二〇〇条第一号所定の外国判決承認の要件を欠き、わが国においてはその効力を否定されるべきものといわなければならない。したがつて、原告の本訴請求は、原告のその余の主張について判断を加えるまでもなく理由がある。

よつて、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条に適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秦不二雄 裁判官 寺沢光子 富塚圭介)

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